makaranTB

手作り&裏読み&日替わりブログ

【映画の話】映画『JOKER』談議 (第5回)作品に罪を問うべきか否か

前回記事の続きになります。

テーマは、映画『JOKER』の魅力を掘り下げるというもの。

ちなみに、前回迄の記事は以下。

tenamaka26.hatenablog.com

tenamaka26.hatenablog.com

tenamaka26.hatenablog.com

tenamaka26.hatenablog.com

 

本連載では、5つのテーマに分けて『JOKER』を分析しています。

そのテーマとは、

(1)未見の方に向けた、基本設定の紹介
(2)物語の解釈1。現実世界としての解釈
(3)物語の解釈2。夢想世界としての解釈
(4)「安倍晋三氏銃撃事件」との関係
(5)作品に罪を問うべきか否か

以上です。

 

前回記事迄で、(1)から(4)については触れました。今回は、(5)について語って参りましょう。

なお、『JOKER』談議は今回で最終回となります。

 

----------------------------------

 

(5)作品に罪を問うべきか否か

 

この話、映画だけでなく、音楽や漫画等々の「芸術作品」「エンタメ作品」全般に関わる話です。

要は、「事件があって、その犯人と作品との間に何らかの関係性があった場合、その作品をお蔵入りさせるような圧力がかかる。これは如何なものか?」という話です。

 

映画『JOKER』にも、上記の話があります。

安倍晋三氏銃撃事件を起こした犯人「山上徹也」容疑者が、ツイッターで『JOKER』への強い共感を語っており、ちょっとした話題になっています。

www.news-postseven.com(2022/7/19)

 

前回記事(連載第4回)は、この”共感”について深堀りした内容になっています。

 

 

こういう状況になった時、「映画が事件を起こしたのだ!」「規制しろ!」という声を上げる方が、かなりの高確率で出現します。

が、『JOKER』については、未だ表立って批判されていない模様。銃撃事件があって間もないですし、容疑者のツイッターアカウントは閉鎖されてしまった為、一気に炎上みたいなことにはなっていないのでしょう。

 

----------------------------------

 

筆者が思うに…

政治家の演説とか、政党のプロパガンダならまだしも、フィクション作品に罪の有無を問うのは…ナンセンスです。意味があるとは思えない。

そもそも、フィクション作品は「作り話」です。指南書でも何でもない。その作り物をベースにして犯罪に走られても、制作側サイドは狼狽するばかりでしょう。なぜなら、犯罪を扇動する意図はないからです。

 

仮に、「フィクション作品のせいで、犯罪が起きた」という理屈が通ったとしましょう。

そうであるならば、ニュース・ワイドショー・ドキュメント等々の方が重罪。「番組を見て、こういう犯罪が流行っていると知ったから、真似た」となれば、フィクション以上に有害です。

なぜかそっちは問題視されず、フィクション作品が槍玉に上げられる。これはおかしい。

 

----------------------------------

 

「フィクション作品」と「現実世界で起きた犯罪」の関連性を述べるならば、「なぜそういう作品が生まれたのか?」という背景を掘り下げる方が、よほど有益です。罪を問うことより、何百倍も世の為になります。

 

映画『JOKER』の背景には、「酷い格差社会」というものがあります。これは、リアル世界でも大問題になっている事実です。『JOKER』はフィクションであっても、「格差社会の存在」というのはノンフィクションであり、現実の問題です。

「フィクションを責めて終わり」では、「現実問題を無視して、なかったことにする」ということと同じ。臭い物に蓋をして終わり。これでは駄目です。何も改善されていない。

 

そもそも、『JOKER』の様な社会派フィクションは、リアル世界への警鐘を鳴らすという意味合いが強いのです。

いってみれば、「寓話」「教訓めいた話」に近い。『イソップ物語』みたいなものです。教材として、学ぶべき点は多いのです。

 

『イソップ物語』には、教科書にも出てきそうな有名な話が、沢山あります。「ウサギとカメ」「王様の耳はロバの耳」「金の斧と銀の斧」「狐とブドウ」…等々。

これらは、動物が喋る場面が多く、明らかにフィクションです。しかし、物語の背景にあるのは、「人間の持つ愚かしさ」です。それを分かり易く説明しているのが、寓話です。

教材として有益なものを、無視するのはいけない。同じことは、映画『JOKER』にもいえるでしょう。

 

 

重要なのは、作品に罪を問うことではない。

「そういう作品が出ることになった事情」を考えることが、より重要なのです。

現代の様な格差社会が誕生していなければ、ひょっとして映画『JOKER』は生まれていなかったかも知れない。生まれていても、大ヒットしなかったかも知れないのです。

『JOKER』の場合、問題視すべきは「リアル世界に存在する理不尽さ」です。そこを勘違いしてはいけません。

 

「フィクション作品を通して、世の理不尽を問う」という行為が駄目となれば、それはもう言論弾圧です。中国共産党やロシアが得意とする分野。

そういう世界が好みであれば、「フィクション作品の背景を考えずに批判する」というのもよろしいかと。

 

筆者は、そんな不自由で危険な世界は嫌ですけれどね。

 

 

-----------------(記事了)-----------------

 

 

ジョーカー(字幕版)

ジョーカー(字幕版)

  • ホアキン・フェニックス
Amazon
ジョーカー(吹替版)

ジョーカー(吹替版)

  • ホアキン・フェニックス
Amazon

ジョーカー [Blu-ray]

ジョーカー [Blu-ray]

  • ホアキン・フェニックス
Amazon