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手作り&裏読み&日替わりブログ

【選挙の話】変化が起きたことは喜び。しかし、改善に繋がるか?は、未だ謎(後編)

前回記事の続きです。

テーマは「選挙」です。その例として、先日実施された「東京都杉並区長選」を取り上げさせて貰っております。

tenamaka26.hatenablog.com

 

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先日実施された、東京都杉並区長選。

この選挙が、近年でも指折りの接戦に。普通は、投開票日の夜半位には結果が出るのですが、翌日昼頃になってもまだ判明しなかった。

最終的には、僅か187票差で野党系候補が勝利。激戦でした。

www.yomiuri.co.jp(2022/6/21)

www.asahi.com(2022/6/21)

 

この結果が報じられた直後、ツイッター上は賛否両論の嵐。

「杉並区の有権者は、賢明な判断を下した」という賛同意見と、「杉並区の有権者は、かなりの愚か者だ」との批判意見が喧々諤々。結構なカオス状態でした。

 

ただ、筆者に言わせれば、「カオスな議論を繰り広げている、その両方が間違い」。肯定派と否定派の両方が、ズレた発言をしていると考えます。

今回記事では、「何故にズレていると考えるのか?」について、語っていきます。

 

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筆者が考える「ズレている理由」とは、主に以下の3点です。

 

(1)レッテル貼りで終わっている

特によく目にしたのは、「悪夢の野党」みたいな書き込みです。恐らくは、安倍政権時に多用されたフレーズを鵜呑みにし、そのまま使っているのでしょう。

しかし、「今回の選挙結果が悪夢と言える理由」について、説得力のある理由を添えた書き込みは見当たりませんでした。これでは、「相手をコキ下ろしたいだけ」と見做されるのが当然。

そもそも、「何をもって悪夢と表現するのか?」の理由も提示されていない。明確な理由があれば見方も変わりますが、そういったものがないとNG。

 

(2)まだ何もしていないので、評価不能

他方、今回当選した候補は、まだ政治家として何もやっていません。これでは評価不能です。

「変化は正義」という書き込みもチラホラありましたが、変わればいいというものではない。変化と改善は別物です。そこを勘違いするのは危険です。

「変化を受け入れない連中は駄目」と切って捨てるのも、悪質なレッテル貼りと同等。

 

(3)冷静な分析が軽視されている

結局、レッテル貼りに終始してしまうと、数字等を用いた冷徹な分析ができません。ボンヤリしたイメージ合戦になってしまう。これでは改善の見込みが少ない。

現職や経験者に対しては、「公約の何%が実現できたか」を分析し、情け容赦なく判断すべきです。余計な言い訳や誤魔化しは不要。

新人に対しては、「公約をどう実現するのか?」について、具体的手順まで突っ込んだ話を述べることが重要。「どうせ無理」で終わらせるのではなく、「これくらいのことを、いつまでにやれば、予想できる効果はこうなる」というロードマップを描けるか否か。そこは重要です。

 

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有権者が求めている人材は、与党系でも野党系でもない。「きちんと仕事をやる候補」「約束を守る候補」「言い訳や誤魔化しをやらない候補」です。

これは、杉並区長に限ったことではありません。日本のみならず、世界的にそうでしょう。

 

「レッテル貼り」で終わり、自分の頭で考えない投票行動は、「きちんと仕事をやる候補」「約束を守る候補」「言い訳や誤魔化しをやらない候補」を選出し難い。

特定の利害関係が優先されたり、「レッテル貼りで相手をコキ下ろせる自分は、マウントを取れて気持ちいい」という変な陶酔感を得て終わってしまう。そういう選挙ばかりでは、世の中は良くなりません。

 

 

もうすぐ、参院選が始まります。

杉並区長選挙は、杉並区だけのものでした。が、参院選は全国規模。筆者も有権者のひとり。

今回の杉並区長選挙を観察し、学んだことを参院選に活かす。そうやって、少しずつ勉強していって、より良い選択肢に近付く。これが、イチ有権者として政治に寄与できることである。筆者はそう考えています。

 

思い込みのレッテル貼りで、考えを止めない。

冷静に分析し、自分の頭で考え、借りてきた言葉を使わずに自説を述べる。

そうやって動けば、有権者としてレベルアップし、投票行動のレベルもアップするでしょう。

 

 

--------------(記事了)--------------