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手作り&裏読み&日替わりブログ

【ウクライナ状勢の話】千羽鶴は、アリかナシか(後編)東日本大震災での、救援エピソード

前回記事の続きになります。

テーマは、「戦地・被災地への支援方法を考える」です。

tenamaka26.hatenablog.com

 

現在、戦火の只中にあるウクライナ。そこへ、世界各国から支援の手が差し伸べられています。

勿論、日本からも同様。筆者も、ほんの僅かではありますが、募金させて頂きました。

預け先は、某・国際的医療機関です。大きな組織ですので、募金がどう使われているかをホームページで紹介してくれています。

 

現地の画像を見ると、医薬品や食料品などの支援物資が山積み。ウクライナの戦地から避難してきた人々を助ける為に、これらの品物が使われています。

こういう話を見聞きすると、「募金が役に立ってよかった」と思えます。少しでも助けになれば、それが何より。

 

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で、こういう被災関係の話が出た時、よく議論の対象になる品物が「千羽鶴」です。

千羽鶴は、「善意や平和の象徴」といえるものですが、被災地では扱いに困る場合が存在します。

 

千羽鶴は、食料品でも医薬品でもない。心を豊かにするものではあるけれども、被災者の命を直接的に助けるものではない。

故に、「リアルな命の危険」を前にした被災地においては、評価が分かれがちです。

 

前回記事では、「千羽鶴に関する、筆者なりの結論」を述べました。

今回記事では、「千羽鶴議論から連想した、被災者支援の在り方」について、筆者の身近で起こった話を交えながら考えていきます。

ウクライナの話からは少しズレてしまいますが、共通点は多い筈。

 

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筆者が連想した話は、2011年に起こった「東日本大震災」にまつわる話です。

 

筆者は関西人であり、この地震の直接的被害は受けていません。

当時は、地震とは関係ない怪我の治療の為、入院していました。

故に、災害発生時には何もしていません。現地に行って片づけを手伝ったり、炊き出しに行ったり等々、直接的な援助は難しかった。やったことは、「退院してから、少額の募金をしたかな?」くらいの微々たるものです。

 

ただ、筆者の周囲では、被災地に向かった人が1名います。目的は、勿論「被災者支援」の為。

この人のエピソードが、被災地支援を考えるネタとして、奥が深いものでした。

 

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その方の名を、仮に「Tさん」と呼んでおきましょう。

Tさんは、会社を定年退職した、日本人のお年寄り。基礎疾患もなく、年の割には元気な方でした。

 

そのTさんが、東日本大震災の惨状をニュースで見聞きし、「ワシも援助に行くぞ!」と息巻いて関西を出発。

自家用車(軽トラック)を運転し、自力で現地に入りました。トラックの荷台には、ダンボール箱に入った支援物資が。この物資を現地に届ける為に、Tさんは動いたのです。

 

出発から数日後。Tさんは地元に戻ってきました。

現地の様子をきいてみると、意外にもTさんは御立腹。「もう二度と援助しない!」とブチギレ。

支援物資を持って行ったのに、怒って帰ってきた。何故?

 

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キレ気味のTさんをなだめて、何とか詳細を聞きました。

すると、「あ、そりゃあTさんに足りない部分があるわ」「腹を立てるのはよくないわ」となりました。

 

Tさんは「現地の人が悪い」との主張を繰り返していましたが、筆者が聞けばとてもそうは思えなかった。

しかし、そのことをTさんに話すと、もっとキレる可能性が高かった。故に、そっとしておくことに。

「もう二度と援助しない」と怒っていたので、新たな被災地に行くこともないでしょう。余計な揉め事を増やすのは、筆者の本意ではありません。

 

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では、何故Tさんはキレていたのか?

その原因は、「Tさんが行った支援方法」にありました。

本人は良かれと思ってやったことでも、客観的に見れば「止めておいた方がいい」となることは、かなり多い。Tさんがやったことも、正にそれでした。

 

Tさんは、軽トラックに支援物資を積んで、現地に到着しました。そして、地域の自治体窓口に出向き、支援物資の提供を申し出たのです。

ただ、その支援物資というのが曲者。Tさんが持って行ったのは、あまり日持ちしない食料品だったのです。配った後で腹痛を起こすかもしれない食品は、危ないので配れません。

これが、「災害用に作られた保存食」の類であれば、もう少し風向きは変わったでしょう。

 

また、Tさんは事前に当該自治体と打ち合わせていたのではなく、Tさんの都合のみで現地に向かいました。事前連絡はゼロ。これもよくない。

事前の打ち合わせも何もない状態だと、Tさんと相手先の間には信頼関係がない。Tさんはよくても、相手が困ります。

自治体としては、「配った後で問題が起きるかも知れない」という品物は、配ることができません。同様に、付き合いのない&信頼関係を構築できていない相手からの援助は、不確定要素が多い為に受け取り難い。

 

更に、Tさんが被災地に向かった時期は、震災からかなり月日が経過した後でした。

食料品などは十分に配布された後。寧ろ余り気味でした。

 

 

上記の様な背景があった為、自治体がTさんの申し出を喜んで受け入れることはなかった。Tさんによると、「よそよそしくて、困り果てた様子だった」とのこと。

最終的に、Tさんの持って行った物資がどうなったかは聞いていません。とにかくTさんは御立腹で、「もう行かない」としか言わなかった。

こちらも、物資の行方を突っ込む気はなかった。まぁ、恐らくは持って帰ってきたんでしょうね。

 

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上記「Tさんのエピソード」と、「千羽鶴」の話。

この二者には、共通点があります。

それは、「被災者の状況から考えれば、最適解とはいえない」という行動をした…という点。

「じゃあ、何が最適解か?」と問われたならば、「それは現地の人のリクエストでしょう」という答えを筆者は返します。現地の人が求めるものが、最も有効な援助物資です。

 

ただ、筆者やTさんの様な一般人には、被災者のリクエストをきくスキルはありません。故に、災害救助のプロに任せた方がいい。実績もあり、被災地とのパイプを持つプロ集団であれば、上手な支援が可能です。

そのプロ集団に、活動資金を託す。つまり募金です。これが、一般市民でも実施可能な、有効かつ上手な支援といえます。

 

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重要なのは、被災者の考えです。

被災者の考えを知るには、相手方との打ち合わせが必要です。そして、上手に支援するスキルも必要。

相手の声を聞かずして、有効な支援は難しい。

 

支援したいという気持ちは、とても素晴らしい。

ただ、その気持ちを上手に具現化しなければ、相手は喜びません。

「正しい・正しくない」で止まるのではなく、「上手・下手」まで考えて、初めて実のある支援活動が可能になる。筆者はそう考えます。

 

 

--------------(記事了)--------------