先日、「害獣駆除の裏側」というテーマで、記事を書かせて頂きました。
「害獣」と一口に言っても、シカやらイノシシやら、様々な種類が存在しますが…
上記記事は「熊の駆除」に関する話。
たまに全国ネットの番組で、「人里に熊が出現し、人に危害を加えそうなので、猟師(ハンター)によって駆除された」というニュースが流れます。
ここで言う「駆除」とは、主に「猟銃での射殺」のこと。
人里に熊が現れた場合、先ずは警察が対処に当たりますが、警察の装備では、熊に対処不能。狩猟に慣れたハンターの方々に声がかかります。
しかし、いくらプロのハンターといっても生身の人間であり、相手は日本最強の猛獣。かなり危険な作業になります。負傷する可能性もありますし、酷い場合は熊に殺されるかもしれない。
加えて、人里で駆除作業を行うということは、一歩間違えば「ハンターの手で、人間に怪我をさせてしまう」という危険もある。
ハンターの方々は、常に緊張状態で、熊の駆除にあたっていらっしゃいます。
時間をかけ、周囲の安全に気を配り、やっと熊を駆除しても、ハンターが得る報酬は数千円~数万円程度のもの。命がけの仕事には見合わない額です
それだけならまだしも、地元民ではない・ニュースを見ただけの人から「殺す必要があるのか」「山に帰せばいいじゃないか」という抗議が殺到。
地域住民の安全を考え、やむを得ず駆除したのに、抗議を受ける猟師。これでは嫌になるのも当然です。
ハンターの方々は、人的被害を食い止める為、依頼されて活動しているのです。
その辺りを、もっと知って欲しいところ。
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こういう「熊の駆除」の話になった時、必ず出てくるのは「麻酔銃」の話。
「殺さずとも、麻酔で熊を眠らせ、山に放せばいいじゃない」と抗議する人は多い。
ただ、麻酔銃を上手に使っても、効くまでに時間がかかります。フィクションでよく見る「針を刺された途端、すぐに昏睡」ということはありません。
熊相手の場合、麻酔銃をキッチリ命中させても、5~10分は興奮状態で走り回り、かえって危険。余計な被害を増やすことになりかねない。
よほど好条件が揃わない限り、麻酔銃より猟銃の方が安全で確実。被害を出さない為には、最も無難な選択です。
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では、「麻酔銃を使える様な、よほどの好条件が揃った時」とは、どんな状況なのでしょうか?
これは、「麻酔銃を命中させ、5~10分間は狂暴になっても、人間に危険が及ばない」と判断できた時です。
典型例は「動物園のケージの中」ですね。
猛獣の健康診断を行う時に、対象を麻酔銃で眠らせる光景を見ます。銃ではなく、吹き矢で麻酔する場合も多い。
仮に、5~10分間は狂暴になっても、猛獣は鉄格子の中です。人間に危害が及ぶ可能性は低い。
「人里に熊が出現」という場合、動物園と同じ鉄格子はありません。麻酔銃を撃たれた熊が暴れたら、怪我人を出す可能性があります。その為、麻酔銃が使いにくい。使えるケースの方が少ないと思った方がいい。
その希少ケースが発生したのは、近しいところで今年の12月。
場所は三重県です。
三重県紀北町の長島港で8日、ツキノワグマ1頭が消波ブロックの間に挟まり、身動きがとれなくなっているのが見つかった。
町は9日に狩猟免許を持つ獣医師を神戸市から呼び、麻酔銃で眠らせて捕獲。個体識別のためのICチップを付け、同日午後5時ごろに人家から約3キロ離れた同町相賀の町有林に放した。
県尾鷲農林水産事務所によると、クマは体長1・2メートル、体重35キロの雄の成獣。
獣医師は午後2時半ごろ、消波ブロックの約5メートル上方にある遊歩道から麻酔銃1発を撃ち、クマの尻に命中させた。
眠ったのを確認し、ロープで手足を縛り、担架に乗せて引き上げ、おりに入れた。
獣医師によると、クマは痩せており、えさを求めて近くの山から下りてきたと考えられる。
町によると、8日午後4時ごろ、付近の住民から「長島港の海岸付近にクマがいる」と町に通報があった。
同日夕に町や県の職員らが現場に到着した時には、既に消波ブロックに挟まっていた
(2019/12/9 https://www.chunichi.co.jp/s/article/2019120990223501.htmlより)
上記ニュースでは、
「熊の発見時、既にブロックに挟まって動けなくなっていた」
「初めから動けない状態なので、麻酔銃を撃たれても、走り回る危険性が少ない」
と判断された為、麻酔銃で捕獲となった…とのこと。
このケースの様な状況は、かなりの珍例。
熊が出てきた時、いつも何かに挟まって動けなくなっているのであれば、ガンガン麻酔銃を使うのかもしれませんが…。
実際は違いますね。それ故、麻酔銃は使いにくい。
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更に言えば、「麻酔銃を撃てる人が、滅多にいない」という点もあります。
麻酔銃は、「ハンターなら、誰でも扱える」というものではないのです。ちゃんとした資格を持たないままで使うと、違法。最悪の場合は、警察沙汰になるかも。
その話に触れた漫画があります。タイトルは『百姓貴族』。
『鋼の錬金術師』で御馴染み、漫画家の「荒川弘」先生が描いた、農業エッセイ漫画です。
荒川先生は、実家が北海道の農家。
北海道といえば、日本最強の猛獣「ヒグマ」がいる地域。
その為、熊に関する話は、かなり身近なものだった…とのこと。
(提供:Amazon)
この『百姓貴族』の5巻に、
「麻酔銃で熊を眠らせるというのは、やや非現実的」
「射殺した方が、リスクは低い」
との記述があります。
その理由は、「麻酔銃を撃つには、銃の免許だけではなく、麻薬取り扱いの許可も必要だから」
麻酔薬は、法的には「麻薬」です。特別な許可を受けた者でないと、扱えません。
許可を受けることが可能な者の代表例は、「医師」や「麻薬研究者」など。その中に「獣医」さんも含まれます。
その為、熊に麻酔銃を撃つのは、獣医さんの役目になる。
しかし、獣医師免許を持っていても、猟銃免許はまた別。
「ハンター・兼・獣医師」というダブル免許を持っていないと、麻酔銃が撃てないのです。
この「ハンター兼獣医師」ってのが、かなりのレアキャラ。手配するには時間がかかります。
住民に危険が迫っている時は、射殺した方が早期に解決できます。被害発生のリスクが少ない。
なお、先ほど引用した三重県のニュースでは、「神戸から獣医を呼んで、麻酔銃を撃ってもらった」とあります。
三重県紀北町の長島港で8日、ツキノワグマ1頭が消波ブロックの間に挟まり、身動きがとれなくなっているのが見つかった。
町は9日に狩猟免許を持つ獣医師を神戸市から呼び、麻酔銃で眠らせて捕獲。個体識別のためのICチップを付け、同日午後5時ごろに人家から約3キロ離れた同町相賀の町有林に放した。
(https://www.chunichi.co.jp/s/article/2019120990223501.html)
身動きの取れない熊が発見されたのは、2019年12月8日。
麻酔銃の準備ができたのは、翌日の2019年12月9日。かなり時間がかかります。
「今、熊がウロウロしていて、いつ犠牲者が出るか分からない」という状況では、ここまで時間をかけられません。
これも、麻酔銃が使いにくい理由のひとつです。
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「麻酔銃で熊を眠らせて、山に返す」というのは、愛護精神ある行為なのかもしれません。
しかし、相手は野生の猛獣。人間の愛護精神が通用しないと思った方がいい。
熊にとっては、人間は怖い生き物。しかし、「人間は、弱いから簡単に狩れる」と獲物認定されたら、絶好のエサとみなされます。
そうなる前に、対処しなければならない。
駆除する方も、命がけ。
給料は低く、半ばボランティア。
人里は「誤射したら責任を問われやすい地域」です。プレッシャーも大きい。
それでもハンターさんが頑張って駆除に挑むのは、地域住民の安全を考えているからです。
「その地域の人が、熊に襲われても知ったことじゃない。自分の身が大事」という考えのハンターさんは、駆除に消極的でしょう。
そうは思わないハンターさんが、体を張ってくださっています。
「熊を殺すな!」と抗議する方に対しては、当記事で紹介した事情を考慮に入れ、もう一度抗議の是非を見つめなおして貰えたら…と考えます。
抗議の前に、先ずは裏事情を知り、当事者の考えを知ることは重要。
熊駆除の話に限らず、どんな話でも同じですね。
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