本日、二名の閣僚が謝罪の言葉を口にしました。
謝罪の理由は「不適切な発言」にあります。
謝罪した二名とは、「萩生田・文部科学大臣」と「河野・防衛大臣」です。
文科相・防衛相が謝罪...野党追及“不適切発言”
2019年10月29日・火曜・午後0:23
萩生田文部科学相は、英語の民間試験をめぐり、「身の丈に合わせて」などと述べた自らの発言を撤回し、謝罪した。
また、河野防衛相も、台風被害にからむ自らの発言について陳謝した。
野党側は、攻勢を強めている。
萩生田文科相「受験生の皆さまに対し、不安や不快感を与えることになってしまったと考えており、あらためておわび申し上げます。(発言を)撤回します」
萩生田氏の発言は、2020年度から始まる大学入学共通テストで導入される英語の民間試験について、「自分の身の丈に合わせて頑張ってもらえれば」と述べたもので、萩生田氏は閣議後の記者会見で、自らの発言を撤回し、謝罪した。
一方、台風19号などの被害に関連して、「わたしは雨男」などと発言した河野防衛相も、国会で陳謝した。
河野防衛相「私の昨日の発言につきまして、不快な思いをされた皆さま方におわびを申し上げたいと思います」
野党側は、こうした閣僚の発言を受け、攻勢を強めている。
立憲民主党・安住国対委員長「自分が雨男で、国家に災いが生じていると思うなら、大臣辞めた方がいいね」
立憲民主党の安住国対委員長は、河野防衛相の発言について、「被災地や自衛隊に失礼だ。笑い話で済ませる話じゃない」と批判し、今後、国会で追及していく考えを示した。
(https://www.fnn.jp/posts/00426340cx/201910291223_cx_cxより。改行・強調等は筆者によるもの)(2019/10/29)
萩生田氏の発言は、大学受験の英語科目を、民間で行う英語試験で代用しようという計画に関したもの。
英検やTOEFL等の各種検定試験を、生徒が選んで受検し、その点数を大学入試の選考に使おう…という計画です。
が、試験の受験費用・受験会場までの交通費・遠方から来る受験生の宿泊費などについては、まだまだ不明瞭です。補助金などの話が出揃っていない状態で、「身の丈にあった受験を」と言うのは、「カネが無いやつは受験を控えろ」という解釈をされかねない。ちょっと迂闊な発言。
その真意は理解できます。「各個人の事情で、試験を選択してください」「無理にいっぱい受ける必要はありません」ということでしょう。考えそのものは順当でしょうが、「身の丈に」という表現方法がマズかったのは否めません。
他方、河野氏の発言は、先日からの気象災害に対する災害派遣で出動し・活躍する自衛隊を労い、自衛官の待遇改善を目指すというスピーチの中で出たもの。
これも、真意は理解できます。が、無理に自虐ネタに持っていったのは迂闊でした。被災地の復興は始まったばかり。笑いを誘うには、時期尚早です。
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政治家は、言葉が命。「謝罪を迫られる発言」があった段階で、劣勢になります。
今回は、とりあえず謝罪と撤回があったので、一段落ついた形になりました。しかし、今後の世間の目は、厳しくなったと言えるでしょう。
一方の野党は、この発言をネタに辞任を要求している様子ですが、それもちょっとやりすぎかと。
実際の仕事ぶりがグダグダで、なおかつ不適切発言を行ったのであれば、辞任もアリでしょう。が、実際の仕事がどうだったのかは、分析された形跡が無い。
辞任を迫るなら、各大臣の実務がどうだったか、野党がしっかりと分析しなければいけません。その分析結果を見て、「具体的にここがおかしい」と追及すれば、説得力があります。
分析が無いまま・発言を批判するばかりでは、「揚げ足取り」と揶揄されます。
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ところで…
今回の発言を見ていると、「政治家が笑いを取りにいく必要があるのか?」という疑問を感じます。
この疑問は、今回に限った事ではありません。ちょっと気を利かせて笑いを取りにいったつもりが、後で炎上ネタになったという状況は、数多くあります。
特に、災害時は要注意。
災害時には、「外部からのお笑い要素は、不謹慎」という空気が流れがちです。普通のお笑い番組ですら、「今は笑える状況じゃない」という心配をするのに、権力者が笑いを取りにいったとしても…成功の確率は低いでしょう。
この「災害と笑い」について、興味深い発言をされた方がいらっしゃいます。
その方とは、お笑い界の重鎮「ビートたけし(北野武)」氏です。
氏は、自著『ヒンシュクの達人』の中で、2011年の東日本大震災について言及されています。その中に、「災害と笑いの関係性」に関する、深い文章がありました。
よく「被災地にも笑いを」なんて言うヤツがいるけれど、今まさに苦しみの渦中にある人を笑いで励まそうなんてのは、戯れ言でしかない。
しっかりメシが食えて、安らかに眠れる場所があって、人間は初めて心から笑えるんだ。
悲しいけど、目の前に死がチラついてる時には、芸術や演芸なんてのはどうだっていいんだよ。
オイラたち芸人にできることがあるとすれば、震災が落ち着いてからだね。悲しみを乗り越えてこれから立ち上がろうって時に、「笑い」が役に立つかもしれない。早く、そんな日がくればいいね。
常々オイラは考えてるんだけど、こういう大変な時に一番大事なのは「想像力」じゃないかって思う。
今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。
じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。
人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。
(『ヒンシュクの達人』より。改行・強調等は筆者によるもの)
お笑い界の重鎮が、「お笑いは、被災直後には役に立たない」「被災地で笑いが役立つのは、復興がかなり進んで、落ち着いてから」と仰っています。
この言葉は、重いですね。
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政治家の仕事は、国民の生活に安定と希望を与えることです。
困難な状況に陥った人々に、笑顔を取り戻すのも仕事のうち。
が、アプローチを間違えると、炎上しかねないので注意が必要。
笑顔を取り戻すということは、笑える小噺を提供することではなく、安心して笑える生活環境を整えることです。
「食べ物や飲み水が無い」「道路が通れない」「不安で眠れない」という不安定な状況では、決して笑顔は出てきません。
不安定な状況を取り除くことは、政治家の仕事。
不安定な状況を取り除く為には、具体的な行動が必要。
具体的な行動を説明する時には、慎重に言葉を選ばなければなりません。誤解を招いたり・揚げ足取りをされる表現は、時間の浪費を招きます。
批判する側も、具体的・建設的な批判を。
「けしからん」で終わるのではなく、「ここがおかしい。こう解決するべきでは?」という前向きな話をして欲しいものです。
国会が喧嘩している間にも、被災者は苦しい思いをしているのです。
最重要なのは、被災者を一日も早く安心させ、笑える状況にすること。
--------------(記事了)--------------
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