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「オワコン」への見方を変えてみる

先日、「紙の新聞はオワコンなのか?」というテーマで、記事を書きました。

その記事は、以下リンク先にて。

 

tenamaka26.hatenablog.com

 

上記リンク先の記事内容を、ザックリまとめると、以下の様なものになります。

 

◆紙の新聞は、ネットに押されて弱っている。もうオワコン(終わったコンテンツ)になってしまったのか?

◆いや、終わってはいない。過去の事例から学べば、打開策はある。

◆紙が発明される以前にも、情報伝達手段はあった。それらの手段が、紙の普及と共に絶滅したか?…といえば、決してそんな事は無い。それと同じだ。

◆例えば、石板。紙が無かった古代には、石に文字を刻んで情報を伝達していた。今では、「石碑」や「表札」という形で残っており、絶滅はしていない。

◆同様に、「身振り手振り」「発光信号」などの情報伝達手段も、絶滅してはいない。前者は手話や野球のサインとして、後者は車のウインカー等に使われている。

◆テレビが出現してからのラジオについても、同様である。音声と映像が同時に受け取れるテレビがあれば、音声だけのラジオが不必要か?…といえば、そうではない。今でも現役。

◆これら「古いものが残った理由」を考えると、「新しいものには無い面を、古いものの長所として捉えた結果、生き残った」と言える。

 

 

本記事では、「ネットと新聞の関係」について、さらに掘り下げて見ていきます。

 

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「ネット」と「紙の新聞」を比較すると…

情報の検索精度や速度・伝達の速さ・動画や音声を使える多様性等は、ネットがやたら強い。紙では勝てません。これはもう揺ぎ無い事実。

従って、紙が生き残る為には、別の所で戦うしかない。

 

そう考えた場合、以下の点でまだ「紙の新聞」に優位性がありそうです。

 

・紙の新聞は、電気が無くても読める。

これは地味ですが、大きな利点です。ネット機器の中で、電気無しで動くものは、まずありません。電池内蔵の機器でも、電池が切れたらアウト。

普段は「電気が完全ストップ」という心配は無いでしょうが、問題は災害発生時です。災害により、電気が止まる事はよくあります。そういう時に、電気の要らない情報伝達手段として、紙の新聞が生き残る余地があります。

 

・紙の新聞は、面が大きい。

スマホタブレットの画面はまだ小さいし、長時間の閲覧は目が疲れます。

紙の新聞は、そういった心配がありません。

新聞サイズの大画面も無くはないのですが、重くて価格が高いし、殆どはデスクトップに繋げて使うモニターです。携帯端末で、そこまでの大画面を持つものは…。

 

・紙の新聞は、不意に広告が入ったりしない。

ネットニュースでは、「突然に表示される広告」に悩まされる場面が多々あります。何の予告もなく、いきなり画面いっぱいに広告が表示。びっくりして、記事をどこまで読んだか忘れる…という事がしょっちゅうあります。

紙の新聞には、そういう事がありません。広告が入っていますが、突然・紙面いっぱいに表示されるという事はなし。

 

 

なお、「古新聞としての魅力」を求めるのは筋違いだし、無駄です。

なぜなら「無地の新聞紙」が、格安で売られているから。

ダンボール箱に荷物を入れる時のクッションなら、これで十分。そもそも、古新聞を得たいが為に、新聞を取る人はナンセンスです。お金が勿体無い。

 

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上記の様に、見方を変えれば、まだまだ紙にも優位性が残っていると思われますが…。

 

「紙かネットか」という選択よりも大事なのは、「情報の信頼性」です。

新聞社というのは、「調査検証会社」と「出版社」が合わさったもの。

紙の良さを前面に出しても、中身がデタラメだらけでは話になりません。

 

同じ事はネットにも言えて、ネットのデタラメ具合は、新聞よりもずっと酷いもの。

そこに、まだ新聞が残る余地がある。もっと正確に言えば、「新聞社が生き残る」という道が残されています。

長年、取材を続けてきたノウハウは、新聞社の中にもしっかり残っているはず。つまり、紙の新聞にこだわるのではなく、「通信社として生き残る」という道もあるわけです。

逆に言えば、「ネットに正確性でも負けたなら、紙の新聞どころか、新聞社そのものが滅亡する」という方向に行くでしょう。

 

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(イメージ画像 https://www.pakutaso.com/20170153027post-10170.html



 

新聞社の皆さんには、ここで奮起して頂きたい。

皆さんからの情報が無ければ、ネットも情報に困ります。

まだまだ「終わったコンテンツ」ではありません。

 

他方、近年は「マスコミ不祥事」が多発しています。

多発…というよりも、今まで隠れていたものが暴かれ、ネット上に記録として残り、半永久的に検索され続けるので、「不祥事が多発」という印象が強くなったのだろうと思われます。

そのあおりで、「新聞はオワコン(終わったコンテンツ)」と揶揄される状況に。

 

新聞社の方々は、今までよりもずっと「監視の目」が厳しくなったと思って、活動して頂ければ…と考えます。

新聞記者だから、何してもいいワケじゃない。無茶すれば、大炎上する時代です。

見る側から、見られる側へ。この傾向は、今後も強くなるでしょう。

 

新聞記者といっても、社会人のひとり。「新聞記者の常識は、世間の非常識」が通用しなくなっています。時代に合わせた変革が求められています。