言い出した人は、インドの方ですね。
インドは、仏教の開祖である「釈迦」の地元です。
 
個人的感想を言えば、こういう哲学的な話が出て来ても「驚天動地の出来事」とは言えない土地かな?…という感じ。
凄い話だな~とは思いますけど。
 
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しかし、裁判にしちゃうとは…。
 
私は、インドの法律に関し、全く無知。
こういう裁判が起こった時、どういうプロセスを経るのか、全然分かりません。
 
そもそも、会話が不可能な胎児に対し、同意を得ろと言われても…。
物理的にも無理な話。
恐らく、法的にも難しいでしょう。
日本の場合だと、多分「訴える資格が無い」という判断をされちゃう気がします。
 
「産む前に、なぜ子供の同意を得なかったか?」という事ですから、「胎児に請求権があるかどうか」という話になります。
日本では、「胎児の権利能力」というテーマで勉強する話。
 
具体的な話はいくつかありますが、私が覚えているのは「損害賠償請求に関して、胎児でも主体になる場合がある」という事だけ。
例えば、交通事故で旦那さんが亡くなった場合、「妊婦さんは、自分と胎児の2人分の損害賠償請求が出来る場合アリ」という話とか。
 
他には、相続の場面でも権利が認められると聞いた事がありますが、勉強不足です。すいません(汗)。
 

どちらにせよ、その程度の話。

「出産の際に、胎児に産んでOKかどうか尋ねろ」なんて法律、日本にあると聞いた事が無い。

 

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この裁判の行方は、全く分かりません。

そもそも、「裁判として取り上げて貰えるかどうか?」で悩むレベルの話でしょう。司法側に、受け付けて貰えないかも。

 

 

ただ、この男性の考えは、かなり興味深いと思います。

 

「なぜ人は産まれるのか」

「親は、なぜ子供を産むのか」

「人生は苦しい事の連続だと分かっているのに、なぜ子供を引き込むのか」

 

人間が生まれてくる理由。

それこそ、お釈迦様の時代・紀元前の頃から問われ続けた問題。

数千年を経た現代でも、未だに「万人に当てはまる正解」なんて出ていない、人類史上・屈指の超難問です。

 

そもそも、正解があるかどうかも不明。

著名な哲学者は勿論、宗教家・作家・政治家などの文系職種の方、医者や科学者などの理系職種の方、アスリートや探検家などの体育会系職種の方、ほぼ全ての方が一度はぶつかるであろう難問。

 

そして、職業に就いてない子供さんも、往々にして考えてしまう問題。

 

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人が子供を産む理由。

 

医学・生物学的には、ある程度の答えが出ています。

「卵子と精子が…」「種を残す本能が…」などなど。その理論に疑問を持つ人は、あまりいないでしょう。

 

歴史・政治・経済的にも、それなりの答えが出ています。

「労働力」「消費量」など、国のシステムや経済を回す基礎となるのは、人の数・人口です。

今の日本は、少子高齢化で人口構成が歪になり、問題となっていますね。それを解決するには、子供を産む事が一番効果的。

まあ、こちらの問題に関しては、医学・生物学的結論に比べ、疑問を持つ人が多いでしょう。

「ボンクラ政治家のせいだ」と言われれば、返す言葉に困る…。

 

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ただ、もし家庭内で、子供さんから「なぜ産んだ?」という問いが飛んで来た時の為に、前もって「自分なりの答え」は用意しておいた方がいいですね。

その場合、リアルな理由の大半を占める「欲しかったから」「出来ちゃったから」では、恐らく納得してくれません。

もっと別の言葉が必要。

 

その言葉も、「何処かの映画や本から借りてきた台詞」では、重みがありません。

自分の頭で考え、普段の自分と重なっても違和感の無い表現でないと、恐らく子供さんは納得してくれない。

普段の親の姿を見て、その上で「産んだ理由」を問うているのです。手強いですよ。

 

「そんな生意気言うな!」

「だれのおかげでメシ食えると思ってるんだ!」

「余計な事を考えるな! テストで100点とってから言え!」

こういう”疑問そのものを否定する”なんてのは最悪。

子供さんの信頼を失いますし、真っ直ぐ生きてくれなくなると思います。

 

「その疑問に辿り着いた事が、成長の証」と喜ぶくらいで良いのではないかと。

 

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子供さんに対する答えは、人それぞれです。

自分で考え抜いて出した答えが、その家庭における正解。

「その正解は、完成度が高い?低い?」という面はありますが、それも含めて、親が考え抜いて子に伝えればいいだけ。

 

上手く伝わらないのであれば、それは親に責任があります。

上手な言葉・伝え方を、考え続けなければなりません。

 

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最後に。

 

もし私が、自分の子供に「なぜ産んだ?」と問われれば、現段階ではこう答えようと思います。

 

私たち夫婦にとっては、産む理由があった。

今でも、その事に疑問を挟もうとは思わない。後悔もしない。

考えるのは、「子供が、産まれてきた事を嬉しく思ってくれる」という環境づくりをどうするか、それだけだ。

 

「嬉しい」と思って貰う為に、私は様々な行動を取る。その結果、生じるものは多くあるだろう。

それらが正解かどうかは、子供自身が考え、判断すればいい。ただし、できるだけ明確な理由があった方がいい。「何となく」で止まらないで欲しい。

判断するには時間もかかるだろう。判断する時の社会情勢や個人的状況によっても変わるだろう。出来れば、その辺りまで完全にコントロールしたいのだが…。

残念ながら、私の力が及ぶところではない。だから、他のところに力を注ぐ。

 

親として何をしてきたか。これから何をするか。

確実に言える事は、みっつ。

 

・「良いと思う理由」と「良くないと思う理由」を、明確に説明できるまで考え、相手に伝わる表現で話す様に努めること。

・間違いや至らない部分があれば、素直に認めて直すこと。

・いくつになっても、それを続けること。

 

子供は、産まれてきた事に、意味を感じられないかも知れない。

ただ、自分の力で、人生に意味を持たせる事はできる。

その助けになる覚悟はあるよ。